月日が経って味わいの出るもの以外に金を使いたくない。
例えば家。
新築のうちはこぎれいでも、3、4年経つとみすぼらしくなってしまうものが多い。これに一生かけてローンを払うなど信じられない。
例えばギター。
僕のマーチンD35は80年製だけど、ビンテージの部類に入るらしい。
僕が若い頃は50年代や60年代のものがオールドと言われていた。
きちんと扱われてきたものはやはり音に深みが増す。
人間はどうだろう?
横濱学生映画祭08が無事終了したので、これから少し音楽活動に集中します。
もちろんプロデュース業の方も力を入れないといけませんが、
最近どんどん曲が浮かんできてもそれを形にする時間がなかったので頭が破れそうになっていました。
8日からはまた北京に行って映画祭に参加したり講義を行ったりしてくるのですが、実はこの北京に行っている時の方が時間が取れたりするのです。
「夜の部」さえ逃げることが出来れば、ホテルの部屋で録音にいそしむことが出来るのです。ProToolsの小さいセットを持っていくのでね。
ウッシッシッシ、という感じです。
まぁ、現実はそううまくは運ばないと思いますが(笑)
13日に帰国して、14日から沖縄に飛び「風人の祭り」で真荷舟を炸裂させて参ります。
12月には千尋と真荷舟のRecordingもあるよ!!!
という訳でファンの皆様、ご期待ください!!
望遠鏡をのぞきながら歩く人はいない。
顕微鏡をのぞきながら歩く人もいない。
危ないからね。
何かを成し遂げる人というのは、物事の中に「チャンス」を見いだす力を持っている。
そういう人たちにかかったら、普通の人にはピンチや弱点にしか見えないものが「資源」となる。
成し遂げる人たちは目標をしっかり補足している。だから仮に後退し続けたとしても、いつかは地球を一周して目標に裏からたどり着いたりする。
成し遂げる人たちは価値観の幅が広い。だから、言っていることがどんどん変わってきたりする。しかし言動は変わっても目標がぶれることはない。結局、成し遂げてしまう。普通の人にはそれが理解出来ない。
成し遂げる人たちは、用いる手段の幅が広い。有効と見ればどんなアイデアも取り入れる。普通の人たちにはそれがどう有効なのかタイムリーに分からない。
成し遂げる人たちは、それが有効だと見れば、すぐさまそれを実行する。ぶれない。
成し遂げる人たちは、その行為自体を楽しんでいる。本人は照れ隠しするかも知れないが。
成し遂げる人たちは、目標設定にはこだわるが、その実現化に対しては柔軟な姿勢を持っている。
結局、成し遂げる人というのは肚が出来ていて、腰の決まっている人と言うことになる。
昔からこれは変わらない。
仕事や生活に於いて、「バランス良く」とか「バランスを大事に」とかいう場合、シーソの真ん中のようなものをイメージする人がいる。
そういう人たちは自分のバランスをとろうとする時に、まず「真ん中」を探ろうとしてしまう。
僕はそのアプローチは間違っていると思う。
バランスは自分のキャパシティや思考のベクトル、尺度といったものの「端」をキチンと把握出来れば自然と定まる。「真ん中」ではなく「端」を見極めることが大事になる。
左右、上下、前後といった「振り子の端」。
深浅、高低、強弱といった「尺度の端」。
この二つの座標軸の交わるところに「真ん中」は存在する。
「分かっていること分かっていないこと」「出来ること出来ないこと」「やりたいことやりたくないこと」等のそれぞれの「端」がはっきりしないうちに「真ん中」を見つけようとしてもそもそも無理があるのではないだろうか?
バランスをとるということは、「端」をはっきりさせるということに他ならない。
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