何を食べるかではなく、どう食べるか。
何をするかではなく、どうやるか。
ということが大事なのだと思います。
これは身体感覚の問題です。
この原理を身につければ、生活は楽になります。
介護も楽になります。
親しい人や自分自身の死に対する準備もうまくできるようになります。
感覚の多様性は人の様々な課題への耐性を確保してきました。そういった意味では現代はチャンスの宝庫です。ただその感覚の多様性を保証するための身体を生活の中から作っていくことは難しいところもあります。だって生活そのものが身体からはなれていく方向に進んでしまったから。
だからこそ身体技法の必要性が高まっているのだと思います。
身体感覚と言語、思考の関係はいろいろ面白いのです。例えば、昔は「快感」は「くゎいかん」と読びました。岩波文庫の古いやつとかにルビがふってあったでしょう?
現代の読み方の「かいかん」との違いが分かりますか?
「くゎいかん」の方がはるかに身体の中身を使うのが分かるでしょうか?
これは実は標準語と方言の関係にもあるのです。
標準語と方言の身体感覚の違いが分かるようになると、いろいろなことに応用できるようになるのですが。。
とても僕のつたない文章で伝えることが出来ません。
興味のある方実際に稽古をしてみましょう!
どうたべるか? どうやるか?と行ったこともすべて身体の使い方で変わります。
身体をより深く多様に使えれば、人生を健康に豊かに過ごせるのです。
豊かな人生とは豊かに感覚にあふれた人生のことをいうのだと僕は思います。
お袋が脳梗塞で倒れるという事件が起こり、18日に慌てて鹿児島に帰った。
お袋はおかげさまで軽症ですんだようだ。
意外と元気だったので一安心だった。
お袋の無事を見届けから19日にローカルサミットの行われる松山に飛んだ。
そして今日、無事仕事を終えて、また鹿児島に舞い戻った。
早速、お袋の病院に顔を出す。
「病院にいると足腰がなえるから早く退院する」という母に半ばあきれながら、心の中に安心感が広がった。
問題は病院で寝たきりになっている父親だ。
毎日、母親が面会に行っていたのに、突然、姿を現さなくなったら心配するだろう。
父には母は検査入院しているということにした。
最近は話しかけてもあまり答えなくなったと母が心配していた。
今日、母の病院のあと、父のところに向かった。
父は眠っていたようだが、僕がそっと近づくと目を開けた。
父が僕に何か言おうとしている。
かすれた声なのでよく聞こえない。
耳を父の口元に近づけて、何度か聞き直した。
ようやく聞き取れた言葉はこういうものだった。
「登美子は大丈夫か?」
精一杯のかすれた声。
その言葉を聞いた瞬間、母のことを気遣う父の真心が僕の中に流れ込んできた。
僕は不覚にも泣けてきてしまった。
なぜだか知らないけれど、その言葉の響きの中に、
深い深い愛を感じたのだ。
父にまた一つ大切な物を教えられた。
親のありがたみを心底感じた。
馬さんが台湾から連れてきたピアニストの黄裕翔君は目が不自由なのでゆっくりと歩く。
彼の速度につきあって歩いていて気づいたのだが、歩く速度で見えてくる世界も変わるようだ。
世界が優しくなったように感じて不思議だった。
それは彼と演奏していても感じた。
非常に優れた音感とセンスの持ち主なのだが、決して自分の音を前に押し出したりしない。ただ全体の演奏が調和するような音を常に奏でてくる。
彼と歩いたり、演奏したり、粘土団子を作ったりしたことは、すばらしい体験だった。
これからも一緒に音楽していく時間が増えていくと思う。
ありがたい出会いを馬さんが作ってくれた。
ほんとにありがとね!!
感恩!!
今日、北京電影学院でシンポジウムがありました。
僕もパネラーで参加したのですが、英語で全員が意見を述べ合います。
僕も日常会話くらいは出来るのですが、さすがに専門用語を多用したスピーチまで出来るようなレベルではありません。
ヨーロッパや北米、オーストラリアからの参加者に現状の課題の認識と僕の行っている解決案を英語で説明することが出来ず困りました。
通訳を二重に付けて(日本語→中国語→英語)ことなきを得ましたが、これでは今後に課題を残します。
四十の手習いになるけれど、もう一度徹底的にやり直します。
珍しく反省です。
中央儀劇学院での講義も無事終了。
プロデューサー科、監督科の1年生が対象だったので、なんか初々しい感じでした。
今回は映画の中の構造を見出すことと、物事の中にある負の部分にとらわれるのではなく、チャンスを見つける能力を養うことの重要性を伝えました。
「三つの港の物語」を例にしました。
中国作品の「魚と鳥」の中に出てくる魚は死を、鳥は死の世界への移行を象徴している。この映画には二つの死が表現されている。それは家族の死と老人の死であること。老人は「あの世」の象徴である島から出ることが出来なかったのだが、タバコの火が燃え移った服をSOSとして使うことで「再生」することを予感させて映画を終わらせていること。
韓国作品の「鱸と月」は、事故で障害を負った兄を支える婚期を逃した妹が主人公ではなく、実は兄が主旋律の映画であること。月はルナティック、つまり狂気を表す言葉で、鱸は魚、つまり死を象徴していて、「まとも」な意識を奪われた兄が最後は「海」に還ることで、死を通して再生する物語であることを説明しました。
もちろん、これらは僕の見方であって参考にしてくれればそれでいい、ということも付け加えておきました。
「三つの港の物語」を観ていない人にはなんのことかわからないかもしれませんね。
後は作品制作やプロデュースを通じて、起こってくる様々な問題を克服するためには、常に負を正にかえていく視点を持つことが重要だということをいくつかの実例を示して伝えました。
「三つの港の物語」を製作するための資金集めをするために、苦しんだ結果生まれたのが「地域メディアプロデューサー」育成の仕事や「序破急モデル」と僕が呼んでいる映像制作の方法です。
これらのアイディアは確実に日本の地域を変えていくと信じています。
チャンスはピンチの裏返しとはよく言うけれど、それを実践し続けることは容易ではありません。
90年代生まれの彼等がこれからどうなっていくのか、見守っていきたいと思います。
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