ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

新しい国語

「給料取り」の感覚に陥っている人間にInnovationなど起こせるわけがない。と昨日訪ねて来たある県の職員に話した。

感覚のスケールを広げることでInnovatorは育つ。
Innovatorは給料分働けばいいという感覚からは育たない。

そしてさらに大事なことは感覚のスケールが広がった人間=Innovatorをフォローすること。

それを仕組みとしてアーキテクト化すること。

気付けない。
気付けない。
気付けない。
どうしても気付けない。

国語力が低すぎる。

新しい国語が必要。
そして当然その国語の中心に据わるのは映像言語となる。

国語の役割は如何の三つ。

1、本質にアクセスする
2、それを再構成する
3、表現伝達する

音声言語と文字言語を超えた新しい言語だけがそれを新しい次元に押し上げる。

映像言語の最先端領域を学ぶことで、人生も社会も経済も変わる。

空気超え

出来ることをやるだけでなく、必要とされていることが出来るようになるよう努力することが求められている。

出来ることから始めるのは当たり前。
出来ることをどんどん広げて高めていかなければ成長も進化もない。

一足飛びに成長も進化も起こらない。

焦らず、しかし弛まず、行ける時は遠慮せずガンガン行く。
そして休む時は冬眠する熊のように眠る。

ソウイウモノニワタシハナリタイ。

態度が大事

大切に思う人がいてもそれを態度で示さなければその「気持ち」は決して届く事はない。

昔、アランの幸福論を読んでいたら面白い一節に出会った。
それは、おおよそ次のような内容だったと思う。

「幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい」

私の経験上、態度に表す事で物事は現実化していく。

思っているだけじゃダメ。
感じてるだけでもダメ。
考えているだけじゃ話にもならない。

とにかく態度に表す事。

それは他人に伝えるためというより、むしろ自分の自覚を高めるために必要なのだ。

そうすれば自分を態度でコントロール出来るようになる。

私の印象は私の態度が作る。
私の能力は私の態度が育てる。
私の人生は私の態度が拓く。

態度というものは単純ではないので、良い態度、悪い態度というように単純には測れない。
一見、態度が悪そうな人が愛される事はよくある話。
態度というのは不思議に深い。

「幸せなら手を叩こう」ではなく、
「手を叩いて笑いましょう」というのが幸福への道なのかもしれない。

幸福は環境より態度が決める割合の方が遥かに大きい。

静観

先日、大学生と話していたら「10年後、僕はどうなっているのかと思うと不安になります」と言うので、「悲観するな」と言った。

すると「でも楽観は出来ないと思うんですよ」と言うので、
「先のことなど誰にも分からない。そんなもの悲観しても楽観していても意味がない。静観しろ」と言ったら目を白黒させていた。

楽観でも悲観でもなく、静観するという態度だけが人生を前に進める。

生きることは伝えること

すべてはコミュニケーションの進化から始まる。
それは身体感覚から身体感覚へと伝わりながら、感覚の共有を生み出していく。

映像言語はその役割を担うひとつツール。

すべては身体感覚。
人生は身体の感覚体験。

ここに深く気付くことが出来れば、
すべては動き出す。

カウンター

プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブログ内検索

小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-