ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中心と主体性

前の日記に関してたくさんの質問を電話やメールで受けたので簡単に再説明させていただきます。

中心を身のうちに持つことができると主体を超えることができます。

よく主体性を発揮するという事を聴きますが、主体性を発揮するという事はある意味、関与度を最高度にするという事で、これは野暮の極地です。(野暮とは近接の過剰を意味する言葉だと思います)

自然発生させるためには主体性が消えなければならない、しかしそのためには自分の中にしっかりとした中心が無ければならない。

これは内観的身体技法の錬磨と、不可能を可能にするような現実の事業を起こす事で感得することができるはずです。

いくら稽古を積んでも社会的な活動能力が低ければ、ウンコたれ以外の何者でもありません。稽古は誰でも出来るし口ではなんとでも言えるからです。

不可能を可能にするような事業を現実に自然発生させていく。
そしてそれを次々と次のレベルに自然発生させていく。

主体性を意識出来る段階は合目的に「自然発生」する事が困難です。
ただの自然発生ではなく「合目的」な自然発生というのがポイントです。

映画に例えると、プロットは論路的に作られているが全体のストーリーは矛盾や不条理を吐き出しながら流れていく。

部分の論理性が必ずしも全体のそれを保証しない。
映画の主体性がどんどん消えていくことで、観客を巻き込んいくダイナミズムが発生していく。しかし振り返ればそれを支えていたのはしっかりとした中心感だった。万葉の世界もそうですね。いい映画は面白いものです。



スポンサーサイト

カウンター

プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

カレンダー

02 | 2009/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

ブログ内検索

小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。