ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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速度と密度(弐)

僕は極端なせっかちだけど、
何でも速ければいいとは思わない。
その逆に何でもゆっくりであればいいとも思わない。

要は「その場に合った」速度でということだろう。

ハイスピードの生活にうんざりしてスローに行く。
原理的には良く理解出来る。

だけどワニに追われてゆっくり逃げる奴はいないだろうし、
早く育てと出たばかりに芽を引っ張る奴もいない。

スローやファストは自分のその時のその時の都合で決めればいい。
どっちかに生き方を決めるのは愚かだと思う。
だけど生き方を決めてしまって「見えないワニ」に追われているのに気付かなかったり、「見えない芽」を知らずに引っ張っている人達は多い。

生きてればいろいろある。
それなのに偏った態度で乗り切ろうとする。
それはファンタジーの世界に生きるのと等しい。

ファンタジーは生きている実感を産み出さない。
「生きている実感」は密度の変化が産み出している。
この場合の密度とは自分の中にある中心感覚の有り様のこと。
「密度」としか言いようのないものだ。

偏った態度で生きているとRealが遠のく。
これでは密度の変化が生まれない。
だからいつも物足りなくて、自分以外のものに価値を求め続けてしまう。

密度を生む生活態度というものが存在する。
「同型転質」と「転型同質」

「同型転質」 型を維持しながら質を変えていくこと。
「転型同質」 型を変えながら質を維持して行くこと。

これが密度を産み出す基本構造。
これを念頭に置いて活動すると不思議と物事が動いて行く。
密度の変化に人は動かされるからだ。

これに反して
「同型同質」と「転型転質」という態度では結局何も起こらない。

これはつまらない演奏を思い浮かべれば理解が早いだろう。
「同型同質」は退屈、「転型転質」は軽薄ということだ。
密度の変化無きものに耳を傾けるのは時間の浪費だ。

これは全ての人間活動に当てはまる。

やり方をひとつに決めない、こだわらない。
しかしやると決めたら次の動きが始まるまでテコでも動かない。
この辺にコツがありそうだ。

僕の人生はこの実証実験になっている。


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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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