ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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洗脳技法と身体技法を学ぶ

キリストは「罪を犯すこと自体が罰なのだ」と言ったらしい。

神道では「罪」とは、本来の自分を「包み」隠すことをいうらしい。

この二つの考えを僕なりに合成してみるとこうなる。

「人は本来の自分を見失うような生き方をしていると自分と他人を損なっちゃう。それはあたかも罰を受けているように見えちゃうかも。。」

しかし、ここで問題になるのは「本来の自分」「本当の自分」とは何ぞや?
ということではないだろうか?

自分探しの旅に出たまま記憶喪失になってしまってさらに行方不明になっている人たちが時々うちにも顔を出す。

世界の苦しみを知らせに旅に出ますと言って彼等は出て行く。
でも彼等は根本的に間違っていると思う。
もはや知らせるべきは「世界の苦しみ」ではなく、その具遺体的な解決法なのだから。

今のマスメディアの問題は、問題や事件や事故ばかりを取り上げて人々に猜疑心と無力感と諦観を与え続けていることにある。

これがインターネットの登場で加速された。
罵詈雑言の割合の多さはいったい何なのだろうか?
言葉は乱暴かつ下品なのに、それから受ける人物像は虚弱なのは何故だろう?

メディアリテラシーはこの国には教育体系として根付いていない。
根付かないうちに対象ばかりが多様化している。
まぁそれはそれで仕方がない。

今、中学生の女の子に「理想のお母さんは?」と尋ねると、元モー娘の辻ちゃんと答えるらしい。

なぜ彼女たちは「私の理想のお母さんは、私の母です」と答えられないのだろう?

自分の価値観の形成を他者に委ねている状態、しかもそれを無意識に無反省に繰り返している状態。

自分の価値観を他者に委ねている人たちは一見、自分に中心があるように見える。自信を持って他人になろうとしているから。いわゆる自己中心的な人には「自分」がない。何故か?それは自分に中心がないからです。

それをどう取り戻していくか?

まずメディアの洗脳技法を学ぶことで、メディアリテラシーを行うこと。
そして伝統的な身体運用法を見直すことで、自分自身の身体性から生命感覚に入っていくこと。

この二点です。

洗脳技法と身体技法を学ぶ機会を各地で増やしていきます。
学びたい人がいたら連絡ください。
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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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