ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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徒然語り

心が揺れるのは当たり前。
それが心の役目。
揺れない心はつまらない。
愛は出せば出すほど出る。
出会いが増えれば愛も増える。
愛が増えれば悲しみも増える。
正負両方向に愛は広がっているから。
幸福は豊かに感覚を働かせている状態。
不幸は状況だから永遠には続かない。
幸福は能力だから磨くことができる。
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感覚を動かせ!

「感覚で動くな!」と上司や経営者に言われたらその会社を辞めた方がいい。
それがそこの企業文化であるのなら見込みがありません。

人生とは感覚体験なので、
感覚を否定することはその人の人生を否定することになります。
そういう経営者は自分の人生も否定していることになる。

逆に「もっと感覚を磨け!」と上司や経営者が発破をかけるような会社には未来を見出すことが出来るかもしれません。

今の時代、感覚を最大限に働かせなければ何も変わりません。
知識(データ)は身体感覚化されて初めて智慧(アプリケーション)となります。
自分の知識にしろ他人の知識にしろ「感覚」を用いなければアプリケーション化=適用・応用は起きません。

人は感覚でしか動きません。
データーで判断するといっても、
もしどっちも数字的には甲乙つけがたい時に、
最終的に決断を下すのは「感覚」です。

数式のように答えが一つになら無いと安心出来ない経営者は不安です。
しかし世界は常にマルチアンサーなのです。
音楽に一つしか答えがなければ、この世は闇でしょう。
朝から晩まで一生同じ歌を聴かねばならない地獄を想像してみて下さい。

成功した経営者はすべて優れた感覚の持ち主です。
時代を感じとり、感覚を運用し、知識・技術を使いこなし、
感覚を発動させる。

日本の停滞は豊かな感覚発動を妨げる風潮にある。

情報は自ら発信出来ない。
テレビが言っている事を疑わない。
楽しく生きたら申し訳ない。
愛を出して生きるのは恥ずかしい。
無神経な厚化粧の女達。
燃えない男達。
自信の無い経営者。

自信という事自体大変な誤解されている。
自信は何か出来るから、何か持っているからという優越感=差別感で満たされるものではない。

「常に豊かに感覚が発動している」状態を自信があるというのです。
そこに根拠など無い。
根拠を求めることほど愚かしい事は無い。

「新しいことを始めなさい」と上司に言われ、何か考える。
するとこう言われる「その根拠は?」

根拠が無いから新しいのだという事に気付かない。

その底流に豊かな感覚発動さえあれば必ずうまく行くのです。
波風も立つでしょう。
いい時も悪い時もあるでしょう。
しかし、必ず物事は進む。
感覚さえ発動させ続けることが出来れば。

まずは身体感覚を豊かにするための生活に切り替えるべきです。

日本文化の底流に流れる感覚運用技法は凄まじいですよ。
「型」の持つ感覚の同調力の普遍性。
身体に常に根ざした感覚運用を行う事で、
新しいものを次々と実現出来る事に気付いた時の驚き。
強力な協力者突然増える臨界値を経験する喜び。

身体のその奔放とさえ言える大胆な感覚潮流を自然制御するための仕掛け。

「型」

「型にはまるな!」とか言われ、さも「型」はいけない事のように思われているけれどそれは全く違います。

「型にはまる」はむしろ褒め言葉だったのです。
お能で役者が役=型にはまって、生臭さが消えた状態。

これを型にはまったと言ったのです。
つまり役者が消えて役の発揮する感覚だけが発動している状態を言ったのです。

古い型、機能しなくなった型、悪い型にはまる必要はありませんが、
「型」という深い世界を先入観で否定するのは愚の骨頂。
うんこたれ状態に陥ります。

感覚を動かすためには「いい型」にはまること。
それ以外に方法はありません。
繰り返します。
それ以外に無いのです。








活性って?

知識や技術って感覚を動かすこと以外に何か使い道があるんだっけ?

感覚というもの程不当にないがしろにされているものは無いと思う。

生きているということは感覚体験に他ならない。
なのに知識を詰め込み、感性を鈍らせる
知識はデータ化されてるだけじゃ意味が無い。
我々の眼に触れ、感覚が発動されてこそ意味がある。

感覚は当てにならない。
そうです。女心も当てにならない。

当てにならないのが我々の本質なので、
当てになるようにけなげに生きてるのが我々なのです。
と、僕は思っています。

人が活性すれば地域でも何でも活性する。
では人はどうやったら活性するか?
簡単です。

感覚が発動している時。
感覚が変容している時。
感覚を運用している時。

この三つです。

『感覚が発動している時』
気持ちが動いている時。
わあ!きれい!素敵!怖い!気持ち悪い!悲しい!嬉しい!等々。

『感覚が変容している時』
今までとは違うことが出来るようになった時。
自転車に乗れた!、合格した!子供が生まれた!等々。

『感覚を運用している時』
情報を発信している時。
音楽を作る、文章を書く、愛を伝える、応援する等々。

浮き世に生きる我々の生き様は当てにならない感覚というものに支えられている。
当てにならない愛という言葉に僕は燃えるのです(笑)




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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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