ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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生き延びる

父が、今年二度目の危篤に陥り家族全員で鹿児島に来ています。
「もうダメらしい」という母の言葉に、
「この前も持ち直したじゃないか」と反発する心と、
「間に合わなかったらどうしよう」という気弱な心が鬩ぎあう。

飛行機で鹿児島空港にそれからタクシーを飛ばして病院へ。
何とか生きていて欲しい。
どうしても今死なれたら困る。
これで死ぬような弱い男ではない。
あのとき頭の手術を止めればよかった。

いつの間にか口をついて出る独り言。
タクシーの運転手さんも事情を察して飛ばしてくれる。

父は僕と違って無口な男だ。
どんなにつらい事や大変なことが起きても最後にはポツリと
「しゃんなかたい」と言って、静かに受け止めていた姿が思い出される。

僕に関しては本当に苦労をかけたと思う。
さんざん悪さや父の意に添わない事をしてきた。
ひどい交通事故を何度も起こしたり、
身体を壊して何年も引きこもったり、
一人息子でありながら父の会社を継がなかったり、
挙げれば本当にきりがない程がっかりさせて来たと思う。

いったい父は僕の事をどう思っているのだろう?
無口故に、また態度にも表さない昔気質の男なだけに、僕は掴みきれないでいたのだと思う。

でもそんな父でも一度だけ心の中を見せてくれた事がある。

僕の結婚披露宴の時に父が最後に来場者にお礼の言葉を述べたのだが、
その時の言葉を忘れる事が出来ない。

「私は平凡な男です。その私の息子もご覧の通り平凡な男に育ちました。皆様のお力添えをお願いします」

僕は何故かその時、父の僕に対する計り知れない愛の深さを感じた。

平凡とは程遠い生き方をして来た僕は、
父にとってはどこにでもいるただの「息子」なのだ。
僕は父の大きさをその時まざまざと思い知った。
父の持つ「育ち行くものを見つめる眼差し」の尊い優しと力強さに打たれた。

その父がこの世から消えようとしている。
人は永遠には生きれない。
それは分かっているつもりだ。
だけど生き延びて欲しい。

病室に駆け込むと父は生き延びてくれていた。
意識はなかったが、とにかく息をしてくれていた。
いろいろ管を突っ込まれてはいるが、とにかく生きていくれていた。
持ち直して今は安定しているとの事。
何という生命力!!
「何かあったら連絡をします」という病院の人の声に背中を押されるように、疲れの見える母を伴いひとまず実家に戻ることにした。

翌朝、再び訪ねるとなんと意識が戻っていた。
僕は感動した。
もうダメだと医者から匙を投げられたのに生き延びているその姿は、
人が生きる事の尊さを現前させている。
僕の問いにかすかだがうなずいてくれる。
孫達の顔を見て嬉しそうだ。
まだ熱があり予断は許さない状況だが、とにかく生きている。

僕はつくづく思う。
老いは醜いものではない。
それは愛しいものなのだ。

いつか別れは来る。
だけどそれは今じゃない。

その時までは「生き延びる」姿を孫達に示してくれるだろう。
もう一度言いたい。

老いは醜いものではない。
それは愛しいものなのだ。
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榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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