ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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悲しき鉄塔

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僕の父親は送電線工事の会社を経営していた。
その関係で僕は小さい頃から鉄塔の建設現場によく行った。

小さい頃は父につれられ遊びに(子供が遊ぶには危険すぎるところだけど。。)、
中学生ぐらいからはアルバイトとして、
何度もそしていろいろな現場に連れて行かれた。

鉄塔って意識して見たことありますか?
それはとても地味な存在だけど、
信じられないくらい遠いところから電気を運んでるんですよ。

それは町の中にもたってるし、海のそばにも、川のそばにも、山の上にもたっている。
そのレーゾンデートルは当然のことながら「電気を運ぶ」こと。

電気って今は我々にとってなくてはならないものになってしまっていて、
これが止まればとても困ることになる。

電気は発電所で作られるけどその原料はおもに石油と原子力。
日本にはこれらの原料はほとんどないから輸入に頼らざるをえない。

その原料を外国からせっせと持って来て、電気に変えて国中に送電する。
その電気は病院で生命維持装置を動かしたり、
冷蔵庫で魚を冷やしたり、
インターネットをつないだり、
恋人達のために夜景を提供したりする。

僕の父達は40年近く送電線工事に携わって来た。
僕もその一部をかいま見た。

工事はそれがどんな工事であれ、多かれ少なかれ自然を壊してしまう宿命にある。
それが山の中にある場合、時には爆薬で山の形を変えてしまわなければならないこともある。
道を作り、山を削り、木をむしり取りそれは行われる。

一度、群馬の山の中で工事をしていた時、
僕は忘れられない経験をした。
あたりで一番高い山の上にたまたまいた僕は、
鉄塔が見えなくなるまで続いている光景を目の当たりにした。

それは本当に遠くまで続いていて、電気を運ぶための送電線を支えている。
そして誰かの家や学校や仕事場や信号や駅や遊園地やレストランやデパートや
公園や教会やお寺や神社や銭湯や商店街や港や倉庫や、
とにかくありとあらゆるところにそれは運ばれて、
照らしたり、動かしたり、つなげたりしているのだ。

そんなことがいっぺんに僕の中ではじけとんで、
なんだか泣けて来てしまった。

拭いても拭いても涙が止まらなかった。
それぐらい悲しい程、鉄塔は続いていた。

遠い国から運ばれて来た原料から電気は生まれ、
誰かのもとに届く。
そして届いた瞬間それは消えてなくなってしまう。

あの時僕には鉄塔がひどく孤独なものとして目に映った。
届いた瞬間に消えていくものを必死に送り続ける運命を背負い、
それは今も立ち続けている。









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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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