ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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心を支えるもの

私は落ち込むことはありません。
落ち込むという感覚がある時期を境にうまく掴めなくなってしまったのです。

私も人間ですから、悩むこともあれば不安を感じることもありますが、
それを引きずるということが無いのです。

たまには落ち込んでみて、誰かに優しい言葉の一つもかけてもらいたいという、さもしい欲望が芽生えないでも無いのですが、落ち込めない身としてはそれも儚い夢なのです。

何故落ち込まないのか?
私の身体がそれを許さないからです。

いつからそうなったのか?
2001年の晩秋からです。

2001年10月12日に当時住んでいた家が火事で燃えました。
真っ昼間。
外出中の火事。
原因不明。

10日間程は知り合いの家にお世話になりました。
そのあと、僕たちのような「被災者」のために市が確保していた市営住宅に移り、そこに半年間住んでいました。

その市営住宅に住み始めてひと月程経った頃、
朝、突然死にたくなりました。
不安とか心配とかというのではなく、
文字通り「死にたい」という激しい衝動に襲われたのです。

いても立ってもいられなくなり、僕は車で出かけました。
「死に場所、死に場所」と心の中で繰り返していました。

ぐるぐる回って、湘南平から平塚方面に一号線を使って出ようとした辺で、強烈な便意を伴う腹痛に見舞われました。

それはそれまで生きて来た中で経験したことの無いほどの激痛でした。
反射的に身体が折れ曲がります。
危なくて仕方がありません。
運悪く渋滞でトイレを探すことが出来ません。
運転することも出来なくなって来ました。
一刻の猶予もないという状態です。

その時、激痛のピークに抗うように僕はこらえました。

ダンプカーに下敷きになった我が子を助け出そうと車体を持ち上げるくらいの力を込めて肛門を締め上げたのです。

僕は堪えきりました。

すると不思議なことにあの激痛も、「死にたい」という強力な衝動も嘘のように消えてしまっていたのです。

その時自分の身体が大きく変化したのに気づきました。
身体というより身体感覚といった方がいいのかも知れません。

下腹部に鉛のようにずっしりとした充実感が生まれていたのです。

その「充実感」今でもどんどん育っています。
「肚が出来る」とはこういうことなのかと思ったりします。

あの時の「技」を僕は密かにGERIGAMANと名付けています(笑)

それ以来僕が悟ったことは、心を心で支えようとしても無理だということです。

それは水を飲むために水でコップを作ろうとするのに等しい行為です。

僕はあの時、まさに全身全霊、髪の毛一本一本の先までを肛門を締め上げるのに使いました。まさに身体の全体運用です。

それは死への衝動も吹き飛ばしたのです。

僕はそれからいろいろ体験する中、身体の全体運用を前提とした暮らし方、働き方を考えるべきなのだと考えるようになりました。

不安を不安がったり、悩むこと自体を悩んだりする必要はありません。
問うべきことは「自分は今全力発揮しているか」ということだけです。

僕は最近、働き方について考えています。
今の働き方を根本的に変えて行けないかな?
そんな仕事を生み出せないかな?
生理が遅れないような働き方。
身体はきつくても夜寝れば朝には回復するように身体を育てられる働き方。

心を支えるものは身体です。
身体の使い方に注目するだけでいろいろ動いてくると思うのです。
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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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