ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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復興と感性

変な時間に目が覚めてしまった。
今日は朝から京都に移動。
立命館大学で講演がふたつ。

「復興と感性」という話をしようと思います。

想定外の震災と言いながら想定内のシステムで対応しようとしている。
この状況を打破しない限りこの国は進化しないし、それでは亡くなった人達に申し訳が立たない。この思いだけで僕なりに出来ることをやって来たつもりです。

そこで痛感する事は「感性」の不在が復興を阻んでいるという現実です。
被災地に多くの企業経営者を連れて行きましたが、
反応とその後の対応を観察していると「感性」の問題に突き当たります。

誰でも被災地に行けば、その悲惨な光景に心を動かされます。
しかしそれからどうする?となった時に「感性の働かせ方」がものをいうことになります。

「感性」そのものは誰にでもあるけれど、感性の「働かせ方」が想定外にどうしても飛び出ない。そういった現実をたくさん目の当たりにして来ました。

物事に新たな関係性を見出し、それを価値化していく行為を「curation」と言いますが、それを支えるのは感性というよりその働かせ方にあるのです。

自分は感性は良いと信じ込んでいるおじさんやおばさんや若者達が大勢いますが、その「働かせ方」を体系的にきちんと訓練している人というのはほとんどいない。

感性を磨くものは漂流体験です。
自分の意思や予想を越えた状況。
未知なるモノとの出会いがそれを磨きます。
子供の時は見るもの聞くものすべてが新鮮です。

子供というのはこの宇宙という訳の分からないところに、
生命というさらに訳の分かない状態として産み落とされる。

まさに漂流体験。

この自然的必然的漂流時代は十代でほぼ終了し、感性の硬直化が始まります。

感性の硬直化を防ぐためには「漂流」するしか手は無いのですが、これは社会人にとっては非常に難しいとされている。

さらに摩滅した感性をクリエイティヴに働かせることなど、ほぼ不可能と信じられている。

この課題に僕は挑んで来ました。
そして編み出したのが「情報運用技法」です。

日々、摩滅していく感性を有効に働かせて、新しい関係性を見出し、価値化していく。

想定外の状況の中で、想定内のシステムに安住しようとしてもやがては飲み込まれていくのは目に見えている。

飲み込まれるのを待つのか、自ら未知なる領域に飛び込んで行くのかで人生の有り様が変わってくる。

今まさにcuraterが必要とされているのです。

というような話をしてみようかな。
止めとこうかな(笑)


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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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