ケダモノのすすめ
内なる野性にしたがい日々を生きる男の独り言

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こらえるということ

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「頑張って」という言葉を言ってはいけない人たちがいる。
そのこと自体がプレッシャーになってしまうらしい。

確かに何が何でも頑張るという態度には
ある種の違和感を僕も感じる。

だけど生きてれば頑張らなきゃならない場面も出て来るし、
逆に頑張っては行けない場面も出てくる。

臨機応変というやつですな。
しかしこれはこれで結構難しい。

僕の長女が生まれてきた時、産婆さんが間に合わず、
僕が取り上げることになった。

出産というのは頑張ってはいけないものの代表のようなもので、
力んでも苦しいし、力を抜けと言われても簡単に抜けるものではない。

そこで必要になるのは「こらえる」という感覚です。
これは「我慢」するということとは異なります。

「我慢」というと何かに対して精神的に抵抗するようなイメージがありますが、「こらえる」ということは自分の内側を感覚的に充実させることを言います。

精神の問題と言うよりむしろ身体能力の部類に入るでしょう。

「リラックス信仰」というようなものがあって、
それは力を抜くということが一番いいことだと理解されている。

出産のときも「リラックスして」とよくいわれるけど、ただ力を抜くことなんてあの状況では不可能です。

「こらえる」という感覚を軸に対応するのが自然だと僕は思います。

「こらえる」とは言い換えれば「一点で支える」ということに集注していく作業のことです。

出産の時によく「はひふへほ」の音で発声すると楽になると言われていますが、これは本当で、うまく発声するためには身体のどこか「一点」で支えることが必然になるので、楽になるのです。

一点で支えることで充実してくる身体。
誰かがそれを発見し、文化として育ててきたことに
僕はこの国の良き面を見いだすことが出来るのです。

こういった身体能力を育てることが今の教育にとって急務だと思うのは僕だけでしょうか?
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プロフィール

榎田竜路

Author:榎田竜路
Musician、Glocal Media Producer、真荷舟、Earth Voice Project代表社員、NPO横浜アートプロジェクト理事長、NPO映像情報士協会理事長、北京電影学院客員教授、Rainmaker Project代表、身体感覚技法追求。「野生と感性と知性を一つにして地球の未来に貢献します」

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